3/10 わすれがたきふるさと

スーツに身を包んで、コンタクトレンズを付けたら通勤快速の速さで時が過ぎていった。
世はまさに大就活時代である。
 
入学式に買ったぺなぺなのリクルートスーツと「粘り強く最後まで諦めない人間です」というクソみたいな
自己PRを手になんとか大海へと漕ぎ出した私だが、グランドラインがいっこうに見えてこない。
むしろ漕ぎ出しているというのは妄想で、シャンクスにすら会えていないのではないか。
ひょっとして私の掲載誌、ジャンプじゃない?これフェアリーテイル?
 
そんなこんなで説明会と選考とバイトの毎日を送っていたわけだが、楽しいこともないわけではない。
いまのところのささやかな楽しみは、説明会の際に行ったことのない駅をぶらつくことである。
説明会というものは大抵都内の会議室で行われるのだが、偶に地方の企業を受けると
名前も聞いたこともないような駅に行かされる。そんなときは予定よりもちょっと早めに出掛けて、その
駅の周辺を楽しむのだ。
寂れた駅前の本屋、イオンにおされて衰退する商店街、エスカレーターのベルトがすり減ったスーパー。
そういったうらぶれた風景は私の心を何故だか癒してくれる。おそらく、昔住んでいた場所を思い出すからだろう。
 
私が小学生の頃に住んでいた場所は、飲み屋と駐車場の跋扈する埼玉の小さな町だった。
家族が住むにはガラの悪すぎる土地ではあったが、他の町を知らなかったので私はたいそうこの町を愛していた。
家から見えるパチンコ屋のきらびやかなネオンは宮殿のように見えていたし、やたらと粉っぽいパンを出すベーカリーや居抜きによる転生を繰り返すテナントの立ち並ぶ通りはシャンゼリゼだった。
 
そういえばあの町はどうなったろう。ふと、説明会で埼玉に出向いた際に考えた。
 
私が最後にあの町の話を聞いたのは、母の「あんたのよう行っとった公園、夕方のニュースのホームレス特集で出とったで」という心無い報告だった。
 
乗換案内で見てみると、20分で行ける距離である。私はおよそ9年ぶりに故郷へ足を運んだ。
 
久しぶりに降り立った駅は、異常に小さく感じた。あの時よりは随分背が伸びているから当たり前なのだが、それにしても小さい。感覚的には東武ワールドスクウェア位のスケール感である。
 
しかし実際に町を歩いてみると、私が覚えていた風景とそっくりそのままで、記憶の中を歩いているような妙な感覚に陥った。このまま歩いているうちに私は子供に戻っていくのではないかという考えがふと浮かんだりもしたが、リクルートスーツが辛うじて私を現実へと留まらせてくれた。アオキに感謝だな。
 
しかしやっぱり9年という年月は長かったようだ。
宮殿のようなパチンコ屋は潰れてコンビニに無理やりな居抜きをされていて、シャンゼリゼは怪しげな飲み屋にその多くを食い尽くされていた。
 
ここは知っているのに、知らない町だ。
幼稚園の頃の友人と中学校で再会し、お互いなんとなく覚えていながらも新しい「友達」として付き合うような、そんなぎこちない気持ちが私の中に沸き上がった。
 
 
せめて何か変わらないものはないかと公園に向かって歩いていると、ふと思い出したことがあった。
―そういえば前田君の家が、この近くにあったのではないか。
 
前田君は私の同級生で、可愛らしいエリンギの王子様のような見た目の男の子だったが、性格はとても
獰猛で、いつも噛みつきそうな話し方をしていた。
おっかないので前田君とはあまり接点を作らないように心がけていたのだが、体育の鉄棒の時間に
逆上がりが出来ないで困っている所を発見されてしまった。
彼は誰に頼まれたわけでもないのに休み時間に逆上がりの訓練を実地していて、その生徒が必要
だったのだ。
私を初め数人のどんくさい生徒たちは、彼のブートキャンプに捕まって何度も逆上がりの練習をさせ
られた。
同じ学年にも関わらず本気で生徒たちを恫喝する前田君はまるでハートマン軍曹のようで、「フルメタルジャケット」を見るたびに私は彼の事を思い出していた。
 
 
前田君の家は、公園のすぐ近くにあって、前田君とよく似たコーギーがいたのでよく覚えていた。
記憶を頼りに公園の周りを歩いてみると…その家があった。
パチンコ屋もシャンゼリゼも変わってしまったけれど、前田君の家はそのままだった。
表札も、停まっている車も、小さい頃と同じたたずまいだった。
 
なんとなく感慨深くなって、インターホンを押してみようかなんて思ったりもしたが、むこうは私の事なぞ
覚えていないだろうと思い遠慮した。
 
 
もし、前田君が私の事を覚えていたら、何て言うだろうか。就活そっちのけで遊びほうけてる私を一喝するだろうか。
前田君、私まだ逆上がり出来てないけどそのうち頑張ってみるよ。