2014年

3月

21日

3/21 しりとり企画「ムカデ人間」

「新婚旅行。どこだっけ?」

「行かない行かない。だってお金ないし!」

純白のドレスに身を包んださとみは、無邪気な少女のように白い歯をちらつかせて

私に微笑む。

同じ学校に通って、大学入って、同じ寮に住んで。気づけば私達はもう大人で、彼女はこうして人生の分かれ道に立っている。

 

「なんかあっと言う間だったよね。あいつと別れてさ、さとみにハーゲンダッツ

買ってきてもらったのとかもう一週間前位の出来事に感じるわ」

「あーあれもう…4年前じゃない?だってえりちゃんずっっと泣いてるんだもん!

何やったら泣き止むかなーとか思って、ハーゲンダッツ」

「あの時言わなかったけど私サクレの方が好きだった」

「え〜〜〜」

 

他愛もない会話も今日で最後。式が終わったらさとみは夫の赴任先に引っ越すらしい。

 

その前に、なんとかしなくちゃ。

 

「さとみ、あのさ」

「何?」

「私…」

 

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石原さとみと恋がしたい。

 

突然携帯小説のような文章が出てきて面食らった皆様、申し訳ない。これは私が必死こいて考えた「幼馴染の石原さとみに結婚式の前に思いの丈をぶつける」妄想である。

私は石原さとみに対してこういったシチュエーションの妄想を繰り広げたことがないため

(普段は石原さとみが習字の先生で、私は習字教室の問題児という設定)苦戦したが、このパターンもなかなか興味深いので今後検討してみたい。

 

そう、私は石原さとみが好きだ。毎度毎度出演ドラマを追うほどではないものの、彼女の姿を見ると心が震える。

 

「間接キッスしてみ?」には途方もなくどぎまぎするし、雑誌に石原さとみの美しい写真が載っていたときはその姿を一生見続ける石像になりたいとさえ思う。

 

ふっくらとした唇、うるんだ瞳、たゆたう黒髪。彼女を包む空気は常に潤っているのではないか、とさえ思うほどのみずみずしさにはもはやひれ伏すしかない。

 

ああ、石原さとみに一日でもなれたらどんなに嬉しいだろう。ツメに星屑を撒いたり、夢見るような色合いの可愛らしい服を着たい。石原さとみを取り巻く男になって、彼女との記念日を勝手に設定して気の利いた贈り物をおくりたい。それで「私ちょっとそういうの重くてムリ」っていうふうに拒絶されたりもしたい。

 

でもその一方で、石原さとみを途方もなく憎んでいる自分も確かに存在する。私の女の部分だ。

 

 

彼女は元々は天然物の美人というか、周りの人から「可愛い」と言われて初めて自分自身の魅力に気づくようなタイプに見えた。

それがいつ頃からか、彼女はその「可愛い」の持つ真の力に気づきその武器を遠慮なく振り回すようになった。いや、むしろ最初から使いこなしていたがそれを隠していたのかもしれない。

とにかく、石原さとみはそのあざと可愛さによってモテの狂戦士となりドラマ界に君臨することとなった。

その最もわかりやすい例が現在放送中の 「失恋ショコラティエ」である。もはや制作陣も石原さとみのあざとさに気づきそれを逆手に取った番組づくりをしている。

そう、「あざとさ」。それが私の最も恐れている所である。

緻密に計算され作られたかわいさは時として同性に牙を向く。

「完全な可愛さ」はその周りの者の醜さや不完全さを浮き彫りにするのだ。

よく美人は周りにブスを配置して自分をよく見せるというが、あれは「美人の横にいるから余計にブスがブスに見える」という効果もあるのではないだろうか。

だから私の中の女の部分は叫ばずにはいられないのだ。 

「この女は敵だ」と。

もちろん現実に私が石原さとみに危害を加 えられることなど一切ない。

しかしモテない女は「かわいい女に自己演出のダシにされる」という事を尋常ではないレベルで恐れる。

ネコを怖がる人にとっては例え絵に描いたネコであっても恐ろしいのだ。

 

こういったふうに、石原さとみを見つめる私の心の中はマツジュンと水川あさみが常に争っているような状態にある。

愛したいという気持ちと、嫉妬する気持ちとがないまぜになってもはや正当な評価が出来ない状態にあるのだ。

誰でもいいから、この状況を早く何とかしてほしい。

 

 

 ***

 

 

 

VIPテキストサイト企画テキストしりとり(ムカデ人間)用の日記です。

Log Stack!」さんからの引継ぎで、 キーワードは「新婚旅行。どこだっけ?」でした。

次のサイトの「ほぼ日刊ジョニーさん新聞fromニュー速VIP」さんは

誰でもいいから、この状況を早く何とかしてほしい。」から始まる文章をよろしくお願いします。

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2014年

3月

10日

3/10 コメント返信

お久しぶりです。企業に黙祷されておちこんだりもしたけれど、私は元気です。

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2014年

3月

10日

3/10 わすれがたきふるさと

スーツに身を包んで、コンタクトレンズを付けたら通勤快速の速さで時が過ぎていった。
世はまさに大就活時代である。
 
入学式に買ったぺなぺなのリクルートスーツと「粘り強く最後まで諦めない人間です」というクソみたいな
自己PRを手になんとか大海へと漕ぎ出した私だが、グランドラインがいっこうに見えてこない。
むしろ漕ぎ出しているというのは妄想で、シャンクスにすら会えていないのではないか。
ひょっとして私の掲載誌、ジャンプじゃない?これフェアリーテイル?
 
そんなこんなで説明会と選考とバイトの毎日を送っていたわけだが、楽しいこともないわけではない。
いまのところのささやかな楽しみは、説明会の際に行ったことのない駅をぶらつくことである。
説明会というものは大抵都内の会議室で行われるのだが、偶に地方の企業を受けると
名前も聞いたこともないような駅に行かされる。そんなときは予定よりもちょっと早めに出掛けて、その
駅の周辺を楽しむのだ。
寂れた駅前の本屋、イオンにおされて衰退する商店街、エスカレーターのベルトがすり減ったスーパー。
そういったうらぶれた風景は私の心を何故だか癒してくれる。おそらく、昔住んでいた場所を思い出すからだろう。
 
私が小学生の頃に住んでいた場所は、飲み屋と駐車場の跋扈する埼玉の小さな町だった。
家族が住むにはガラの悪すぎる土地ではあったが、他の町を知らなかったので私はたいそうこの町を愛していた。
家から見えるパチンコ屋のきらびやかなネオンは宮殿のように見えていたし、やたらと粉っぽいパンを出すベーカリーや居抜きによる転生を繰り返すテナントの立ち並ぶ通りはシャンゼリゼだった。
 
そういえばあの町はどうなったろう。ふと、説明会で埼玉に出向いた際に考えた。
 
私が最後にあの町の話を聞いたのは、母の「あんたのよう行っとった公園、夕方のニュースのホームレス特集で出とったで」という心無い報告だった。
 
乗換案内で見てみると、20分で行ける距離である。私はおよそ9年ぶりに故郷へ足を運んだ。
 
久しぶりに降り立った駅は、異常に小さく感じた。あの時よりは随分背が伸びているから当たり前なのだが、それにしても小さい。感覚的には東武ワールドスクウェア位のスケール感である。
 
しかし実際に町を歩いてみると、私が覚えていた風景とそっくりそのままで、記憶の中を歩いているような妙な感覚に陥った。このまま歩いているうちに私は子供に戻っていくのではないかという考えがふと浮かんだりもしたが、リクルートスーツが辛うじて私を現実へと留まらせてくれた。アオキに感謝だな。
 
しかしやっぱり9年という年月は長かったようだ。
宮殿のようなパチンコ屋は潰れてコンビニに無理やりな居抜きをされていて、シャンゼリゼは怪しげな飲み屋にその多くを食い尽くされていた。
 
ここは知っているのに、知らない町だ。
幼稚園の頃の友人と中学校で再会し、お互いなんとなく覚えていながらも新しい「友達」として付き合うような、そんなぎこちない気持ちが私の中に沸き上がった。
 
 
せめて何か変わらないものはないかと公園に向かって歩いていると、ふと思い出したことがあった。
―そういえば前田君の家が、この近くにあったのではないか。
 
前田君は私の同級生で、可愛らしいエリンギの王子様のような見た目の男の子だったが、性格はとても
獰猛で、いつも噛みつきそうな話し方をしていた。
おっかないので前田君とはあまり接点を作らないように心がけていたのだが、体育の鉄棒の時間に
逆上がりが出来ないで困っている所を発見されてしまった。
彼は誰に頼まれたわけでもないのに休み時間に逆上がりの訓練を実地していて、その生徒が必要
だったのだ。
私を初め数人のどんくさい生徒たちは、彼のブートキャンプに捕まって何度も逆上がりの練習をさせ
られた。
同じ学年にも関わらず本気で生徒たちを恫喝する前田君はまるでハートマン軍曹のようで、「フルメタルジャケット」を見るたびに私は彼の事を思い出していた。
 
 
前田君の家は、公園のすぐ近くにあって、前田君とよく似たコーギーがいたのでよく覚えていた。
記憶を頼りに公園の周りを歩いてみると…その家があった。
パチンコ屋もシャンゼリゼも変わってしまったけれど、前田君の家はそのままだった。
表札も、停まっている車も、小さい頃と同じたたずまいだった。
 
なんとなく感慨深くなって、インターホンを押してみようかなんて思ったりもしたが、むこうは私の事なぞ
覚えていないだろうと思い遠慮した。
 
 
もし、前田君が私の事を覚えていたら、何て言うだろうか。就活そっちのけで遊びほうけてる私を一喝するだろうか。
前田君、私まだ逆上がり出来てないけどそのうち頑張ってみるよ。
 
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2014年

2月

02日

共通テーマ:休日の過ごし方

大量のカニに部屋を占拠された場合の休日の過ごし方

休日。それは人類に残された最後の楽園である。

ひたすら惰眠を貪り、どうでもいいことに時間を費やし、気づけば夕方で

「バンキシャの福沢ってなんでこんなにむかつくんだろ」と呟く。

それが普段の私の休日の過ごし方だ。

しかし、もし家が突然大量の蟹に占拠されたら休日をどう過ごすべきなのか。

今回は蟹に占拠された日曜日をシュミレートする。

 

 

11:00 起床

バイトもなく、ゆっくりと目覚めた日曜の朝、私の部屋は大量のカニで埋め尽くされていた。

ただでさえ足の踏み場もない小汚い部屋でうごめく無数のカニ、カニ、カニ。

私はとりあえずカニの群れの中からよれよれの部屋着をすくいだし着用する。

磯の匂いがツンと鼻をつくと、お腹が減っていたことをようやく思い出した。

周りには調理しがいのありそうなやつらがうようよいるが、朝からカニしゃぶは贅沢すぎる。

とりあえず、パンを焼いてから考えることにしよう。

 

 

 

13:00 ゲーム

このカニ達をどうしてくれようか、とあれこれ考えているといつのまにかお昼になっていた。

この量だと追い出すのも面倒だし自分たちから出て行ってくれないだろうか…と

消極的な気持ちにさえなってくる。

とりあえずカニ達を威嚇するために「クラッシュバンディクー」を始めとする

カニを倒すゲームをやってみることにした。

おまえらなんか人間様が本気だせばこんなもんだぞ、トンと踏んでやっつけるぞ。

それにしてもクラッシュが死ぬ時の演出って無駄に大袈裟だな。

 

カニはゲーム画面を見てもなんの反応も示さず、ただたださわさわと揺れていた。

 

 

15:00 インターネット

とりあえずインターネットの叡智に頼ってみることにした。

「カニ 倒し方」…ドンキーコングのボス攻略が出てきた。

確かにあれは難しかったけど、通常の面で出てくるカニのほうがうざいと思う。

持ち前の根性のなさで即刻検索を諦めた私はyoutubeに現実逃避することにした。

カニ達は「かに道楽」を歌うデューク・エイセスには興味を示さなかったが

カニエ・ウエストには喜んで群がってきた。ひょっとしておまえら輸入物か?

と思ったがカニは英語でクラブだ。田舎者どもめ。

 

 

17:30 笑点

なんの解決法も導き出されないまま笑点の時間になってしまった。

オープニングで観覧席の中におさまる歌丸さんの姿が、カニの中におさまる私と重なる。

この日ほど歌丸さんが身近に感じられたことはない。

 

カニ達は好楽の回答の時だけ挙げていたハサミをおろした。

 

 

18:00 夕食

福沢のムカつく天気予報へのフリを見ると、休みの終わりをひしひしと感じる。

夕食を作らなきゃな。そうだ、これだけたくさんのカニが居れば、カニ雑炊が無限に出来る。

かにみそ、かにグラタン、カニクリームコロッケ…

辺りを見渡した私の目と、カニの目が一瞬、交差する。

 

 

ふと、疑問が浮かぶ。

こいつらは、何のためにここに来たんだ?

私に食べられるためにここに来たのだろうか?

 

いやそうじゃない、彼らは生き延びるため、安住の地を求めここに来たはずだ。

 

 

そう、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※言わなくてもわかりますがNPO法人とは何の関係もありませんし、オチはないです

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2014年

2月

01日

2/1 コメント返信・新コーナー

映画レビュー始めました。「映画のどうでもいいセリフ」から始まる適当レビューです。

ネタバレは前半部のみですが一応トップには表示せず企画ページに収納してます。

 

一発目はゼロ・グラビティなので良かったら見てね。

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2014年

2月

01日

2/1 エアギター

最近駅のホームで「神聖モテモテ王国」のファーザーを思わせる中学生がエアギターをやっているのをよく見かける。

 

最初に見た時はヘッドホンからギャンギャンと音を垂れ流し、見えないギターをじゃかじゃか

かき鳴らしていた。

これが若さかと思いながらも後ろに並んでいるとじきに電車が来て、彼のライブパフォーマンスも

つつがなく終了した。

 

しかし電車のドアが閉まった途端に怒涛のアンコールが開始。

電車の中はモッシュピットさながらに混み合っているにもかかわらず、だ。

 

縦横無尽に動き回る肘にオーディエンスの冷たい視線が刺さる。だがそれでも中学生は演奏をやめない。そのへんにしとけ、と注意したい気持ちではあったが「こんな公共の場で自分の世界に没頭出来るなんてむしろロックなんじゃないか」と一瞬思ったりもした。いや全然ロックじゃないけど。

 

狂乱のパフォーマンスは終点まで続き、彼は乗り換えの波に消えていった。

 

その翌週、同じ時間にホームに行くとまた中学生に出会った。
今日もまたギグか…とげんなりするような、少し期待するような気持ちで電車に乗ったが、中学生は微動だにしない。

どういうことだ?と思ったが原因はすぐにわかった。

 

3DSだ。

 

「どういうことだよ!!!お前のロックンロールはどうぶつの森に消されちまったのか!?!!!」と肩を揺さぶりたかったが他人に迷惑をかけなくなったということは良いことだ。

ロックは死んで、平穏な村の暮らしが残った。裸の犬、狸の悪徳商法、たまに釣れるクリオネ…そうだ、これでよかったのだ…

 

そして今週、彼はまた同じ時間にホームにいた。

ヘッドホンからの音漏れもなくなり、彼も大人になったのだなあと感慨深く思いながら後ろに並んでいると

微かに、彼の肘がリズムにあわせて動いているのが見えた。

彼の演奏は、小さいながらもポケットの中でまだ続いていたのだ。

 

でもそうやって小刻みに揺すってるとやっぱりナニをアレしてるように見えるし、家でやったほうがいいんじゃないかな。

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2014年

1月

21日

1/21 まんきつ

友達が言う所には、漫画喫茶というのは得てしてラブホに行けない若者の性欲の捌け口だそうだ。

この間利用した時に隣の部屋からカップルの喘ぎ声が聴こえてきたらしい。


あんな薄い壁でギシギシアンアンされたら困るわな〜と言ったら友達は首を振ってこう答えた。

「ギシアンっていうか押し殺したような喘ぎ声だったから余計に腹がたった」
カップルはカップルなりに気を使っていたみたいだが、どうやら裏目に出たようだ。

 

まあ確かにあんな狭い穴蔵の中で男女が並んでいたら原始時代の営みを思い出してもしょうがないかな、とも思う。それに漫画喫茶という名前がいけない。マンキツって。マンがキツって。

 

こういう状況になってしまったからにはいっそ漫画喫茶にも音姫的な機能を実装すればいいんじゃないだろうか。セックスの気配がしたら自動的に「アメイジング・グレイス」が流れるとか、そんな感じの。

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2014年

1月

14日

1/14 コメント返信・100の質問

googleアナルなんとかみたいな名前のサービスを使ってアクセス解析っぽいものをやってたんですけどそれによるとこのサイト、数日前に100hit越したみたいです。やったぜ。

記念といっちゃあなんですがテキストサイト管理人に100の質問に答えました。

暇な人とか、ドンキーコングののこぎりが迫ってくる面で詰んでてやることない人とかは見てあげてください。

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